2011年10月29日土曜日

ようやく真実委員会

     ブラジル国会は10月26日、過去の人道犯罪を究明するための「真実委員会」の設置、および機密文書公開を定めた法案を可決した。ジルマ・ルセフ大統領の署名から180日後に発効する。

  軍部は米政府と謀って1964年、ジョアン・ゴラール大統領の民主政権をクーデターで倒し、政権を掌握した。85年に民政が復活するまで21年も支配した。その間、ブラジル軍政は米政府と連携しつつ、トーレス・ボリビア政権打倒、ウルグアイ政変、アジェンデ・チリ政権打倒などに加担し、アルゼンチンに亡命していたゴラール氏を暗殺した。国内では多くの市民を拉致、拷問、殺害した。

  歴代の民主政権は、軍部の存在があまりにも大きくなり、国の利権構造の大きな部分として深く根付いてしまっていたため、恐持てする軍部に敢えて逆らおうとせず、軍政時代の人道犯罪の究明作業ははかどらなかった。それが動き出したのは、21世紀になってからのルーラ政権下でのことである。

  成立した新法は、この国にとっては<歴史的>であり、価値なしとはしないが、極めて<臆病>な内容だ。人道犯罪調査の対象期間は、軍部がジェツリオ・ヴァルガス大統領を倒して勢力を張っていた1946年から現行憲法が制定された88年までと、実に42年に及ぶ。これでは「長期軍政21年」がぼけてしまう。

  公開対象の機密文書も公開までの期限が5年、15年、50年と3種類ある。酒ではないが,<50年物>は超重要機密なのだ。50年後には、軍政の犯罪者はすべてこの世から消え去っている!

  新法は、軍部や警察などの犯罪者を断罪できない。軍政が1979年に制定した「恩赦法」が依然有効なためとされる。ウルグアイ国会がしたように、この「恩赦法」の効力を殺がないかぎり、犯罪者を裁くことはできないわけだ。

  真実委員会は7人で構成され、調査開始から2年後に結果を公表する。人道犯罪の被害者や遺族の団体は、委員に軍・警察関係者を加えてはならないと主張している。また、判明した犯罪者は裁くべきだと訴えている。新法に反対する軍部や保守派には「報復主義だ」との声がある。

  ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチン、チリの「コノ・スール」(南の円錐=南米深南部)の4カ国では、いずれも軍政下で人権が蹂躙された。その断罪が最も進んでいるのは、軍政大統領を終身刑に追い込んだアルゼンチン。次いで、ピノチェー将軍にあの世に逃げ込まれたが断罪が進むチリ。続いて、このほど人道犯罪時効を無効としたウルグアイ。ブラジルは人道犯罪糾弾では最後進国だ。

  だが、ブラジルがやっとここまで来た、と捉えることもできる。この国は今、南米・ラ米の経済大国から世界の経済大国へと徐々に進んでいる。過去の人道犯罪の責任をごまかしたまま進めば、将来、似たようなことが起きたり、問題が再浮上したりするだろう。

  ブラジル人の奮起を期待するしかない。

(2011年10月29日 伊高浩昭)