2012年1月4日水曜日

ロサリーア・デ・カストロ詩集『ガリシアの歌』

☆★☆スペイン北西部のガリシア地方(自治州)は、女流詩人ロサリーア・デ・カストロ(1837~1885)を生んだ。ガリシアの南隣はポルトガルだが、ポルトガル語に酷似したガリシア語で綴られた<ガリシア讃歌>とも言うべき詩の数々は率直で、美しい。

    今年最初の読書は、彼女が1863年に出した『ガリシアの歌』(カンターレス・ガジェゴス、下巻、桑原真夫訳、2011年、行路社)だった。ラ米情勢漬けでくたびれた頭を休めるのには詩集がいいと思って、読んだ。

    そのなかの第29篇「ガリシアの風笛」には、次のような一節がある。

哀れなガリシアよ、おまえは決して
自分をスペイン人と呼んではならない、
どんなにおまえが美しくとも、ああ
スペインはおまえなど忘れている。
それはまるで不義の子を恥じるような、
裏切りの母。
ひとかけらの愛もなく
我が子を軽蔑する母。
誰もおまえに救いの手を差し伸べはしない、
誰もおまえの涙を拭ってはくれない、
慎ましくおまえは泣くしかないのだ。
ガリシアよ、おまえには祖国はない、
世界の孤児として生き、
その民は群れながら、
行方定めず流浪し、
悲しみと孤独とともに、
広げられた緑の絨毯の上で
海に希望を祈り、
神に希望を祈っている。
だからこそ祭りの風笛が
どんなに陽気に聞こえようとも、
 ああ私は君に告げよう、
 それは歌っているのではなく、泣いているのだと。

    多くのガリシア人がキューバに渡った。フィデル・カストロの父親もそうだった。裸一貫で渡航し、大成功して、革命家の兄弟を生んだ。この一節には、ガリシア人の<宿命>が描かれている。

    「誰もおまえに救いの手を差し伸べはしない」は、亜国タンゴ「ジーラ、ジーラ」の歌詞と同じだ。タンゴへのガリシア人の貢献は聞いたことがない。だが、通底する何かがある。

    第33篇「滑らかに雨は降っていた」は、ガリシアを讃え詠う。

そこに生まれし人々、
そこに育まれし人々、
故郷を遠ざかれば心傷つき
母なるガリシア
近くあれば慈悲に溢るる。  

    実はまだ、この詩集の上巻を読んでいない。いつになるかわからないが、必ず読むつもりだ。