2012年6月6日水曜日

アルゼンチン-かくも残酷な不在

▼▽▼NHKの衛星放送BS1が今年3月放映した「実の親を殺したのは育ての親だった~アルゼンチン-奪われた人生」(ディレクター・増田浩)は秀作だ。遅ればせながら、ようやく観ることができた。

▽亜国ファシズム軍政(1976~83)は、最悪の人道犯罪を犯した。日本政府は1979年、全身血にまみれた軍政大統領ホルヘ・ビデラを日本に招いた。人権意識が希薄だった日本政府が、国際情勢に無知なことをさらけ出して展開した<荒廃の極みの外交>だった。悪いことに日本政府は、チリのアウグスト・ピノチェーをも招待しようと考えていた。

▼ビデラ来日は、税金を支払っている我々日本市民の歴史的な恥である。確認されただけで、ビデラ、ビオラ、ガルティエリ、ビニョーネの4代7年の軍政は3万2000人を殺害した。ビデラは今、終身刑で囚われているが、反省していない。 

▽軍政は妊婦をも拉致し、赤子を生むや殺害し、ラ・プラタ川に投棄したり、ドラム缶にセメント詰めにしたりして放置した。赤子は<戦利品>として、子のいない軍人・警官の夫婦や養子の欲しい夫婦に引き渡された。

▼番組は、生後すぐに軍幹部にもらわれ成人した男女2人を例に挙げ、実の親を殺した育ての親と、殺された実の親や遺族の間で苦悩し葛藤する姿を描く。残酷極まりない現実である。

▽奪われた赤子たち約500人の<奪回>に動いたのは、「五月広場の祖母たちの会」と、息子や娘を軍政に奪われた「五月広場の母たちの会」だった。DNA鑑定によって、既に成人した約100人の<奪われた赤子>の実の両親や家族が確認されている。

▼軍政は日本国籍保持者や日系人をも拉致、拷問し、殺害した。日本政府は、その追及に及び腰だ。亜国のタンゴもサッカーも文学も牛肉もパタゴニアも素晴らしい。だが、この国の現代史の地下に依然、おびただしい犠牲者の血の層があることを忘れてはならない。それは、暗黒時代の日本を含む幾つもの国々の地層につながる。

▽いつも思うことだが、なぜNHKは、この種の優れた人道番組を総合テレビや教育テレビで流さないのか。NHKが世界レベルにいま一つ及ばないのは、このような点がなおらないからだろう。