2016年11月23日水曜日

~~波路遥かに2016年10~11月~第4回ニューヨーク~~

 久々のNYマンハッタンをハドソン川から眺める。昼、友人一家3人が来訪、船上で会食する。次いで、別の友人、NY在住30年に及ぼうとしている音楽家の大竹史朗が来訪。ギタリストにして、作曲家だ。歌も歌う。かつてはモダンダンサーでもあった。

 若いころ、アタウアルパ・ユパンキに心酔、一瞬の出会いに閃きを得て、亜国フォルクローレに集中した。ユパンキから「エル・アリエロ」(馬を引く人)、言わば吟遊詩人パヤドールに近い呼び名をもらった。

 今では、バッハの古典から現代アメリカ(大陸世界)音楽に至る統合的な「イベロアメリカ」音楽の創設に邁進している。だがフォルクローレも大切にしており、ユパンキと聞き間違うほどのギターの演奏技術も保っている。

 牛車ならぬ、彼の車に揺られながら、ハーレムのアフリカ系街、同ラ米系街を散策。次いで、イースト川沿いを抜けて、グリニッジヴィレッジへ。その間、エル・アリエロの語る言葉を取材した。いずれ記事になるだろう。

 夜は、オーシャン・ドクリーム船内で、事務次長を含む国連の関係者、ジャーナりストらNY在住者500人を招いての会合と、大パーティーに史朗と共に出席、参加した。何人もの懐かしい顔ぶれに再会した。

 「おりづる」(被爆者ら)一行と反核兵器チームは、この日、国連を訪れ、反核運動を展開した。

 二日目は、大ぶりの雨の中、傘ささず、びしょぬれになって、3時間近く歩いた。埠頭から中央公園角のコロンブスサークル、ブロードウェイ。タイムズスクエアを経て、数ブロック先を曲がり、帝国ビルに出、五番街。途中、ロックフェラープラザから曲がって、埠頭に戻った。

 友人の居るK通信NY支局に寄ろうかと思ったが、大統領選挙間近ゆえに、訪問を敢えて避けた。(後で、寄ってほしかったと、その友人からeメイルで言われた。)

 NYを離れ行く船上から、9・11事件の後に聳え立つ新しい高層ビルを眺めた。NYからは西語CC(通訳)3人が乗ってきたが、その一人から、スペイン関係情報会社イスパニカの井戸光子前社長が癌で20日死去したと伝えられた。四半世紀来の友人だった。

 その後、間もなくして今度は、登山家の田部井淳子の癌死の情報が届いた。同じ20日のことだった。思えば、かつて船上講師仲間同士。成田からNYに同道し、NYやタンパを歩き回り、愉快に談笑したお姉さんだった。ラテン名を付けてほしいと言われ、「アンディーナ」と名付けた。「アンデスの女」を意味する。登山家にふさわしく、とても喜んでいた。

 去年末、第88回航海でタヒチ・サモア間をご一緒するはずだったが、病院検査で田部井さんは乗らなかった。このため船内で、登山家田部井さんに関する会合を開いた。そのころから予感はあった。追悼会合を開かねば。

 オランダは、アムステルダムの東インド会社の支店をカリブ海のクラサオ(キュラソー)に置き、マンハッタンと三角航路を拓いていた。だが英国との戦に負け、マンハッタンを奪われ、代わりに南米北部のギアナをもらった。それが今日、独立してスリナムになっている。

 武者小路爺が87歳の誕生日を迎えた。船内の大食堂と和式酒場で祝宴を開いた。船はバーミューダ三角海域を航行、バハマに向かう。