2017年1月28日土曜日

ダニス・タノヴィッチ監督映画「サラエヴォの銃声」を観る

 3月25日に新宿シネマカリテで封切られるダニス・タノヴィッチ監督2016年作品『サラエヴォの銃声』(原題「サラエヴォでの死」、フランス・ボスニアヘルツェゴビナ合作、85分)を試写会で観た。

 セルビア人ガヴリロ・プリンツィプは1914年6月末、サラエヴォ市内でオーストリア・ハンガリー帝国皇太子夫妻を待ち伏せ攻撃し暗殺した。この「サラエヴォ事件」を契機として、第1次世界大戦が勃発した。映画は、2014年6月末の事件100周年記念日に巻き起こる人間模様を描いている。

 サラエヴォ市内にある「ホテル・ヨーロッパ」が舞台。冒頭、記念番組制作中の女性の映像ジャーナリストが実際の暗殺現場に立つが、この場面以外はすべてホテル内部と屋上で撮影されている。サラエヴォの街はホテルの屋上と支配人室のガラス壁越しに見えるだけだ。

 筆者は、内戦のあった1990年代に取材でサラエヴォや周辺を取材したが、当時は戦火で破壊された建物が数多く残っていて、戦争の傷跡が生々しかった。だが、この映画は意図的に街並みを隠しており、街がどうなっているのか、この映画ではわからない。

 屋上に場所を移した女性ジャーナリストは歴史家に「サラエヴォ事件」以後の歴史を語らせ、次いで、100年前の暗殺者と同名のセルビア人青年にインタビューする。ボスニア人の彼女は、プリンツィプが「英雄かテロリストだったか」をめぐって論争する。

 一方、ホテルには欧州各地から100周年記念行事に参加する要人らが訪れつつある。早めに到着したフランス人は、部屋にこもって記念演説の稽古に余念がない。この仏要人も、サラエヴォにまつわる歴史を語る。その模様を、支配人の部下の男は密かに設置したカメラで監視する。この警備員の男はコカイン常習者。

 ホテルを取り仕切る支配人は大忙しだが、ホテルの経営は実は思わしくなく、借金取りと従業員から支払いを迫られている。既に2カ月給料をもらっていない従業員たちはストライキを決行する。

 ひょんなことからストの指導者にまつりあげられたのは、宿泊客の衣類を洗い整える係りの年配女性。その娘は、支配人から信頼される若く美しい切れ者だ。

 以上のような幾つもの人物と出来事が絡み合い、ドラマは進行する。題名は、暗殺者の再来を思わせる青年が、女性ジャーナリストと口論し気が高ぶったまま銃を手に階段を下りたところ、コカイン常習者の警備員と出くわし即座に射殺されてしまう場面に基づく。

 ここには「歴史は(変形されながら)繰り返される」というメッセージも含められている。ホテル内で、来訪する欧州要人らを迎えるため「喜びの歌」を練習していた少女らの合唱団は銃声が聞こえると避難するが、その際、わざわざ二列に並んで出てゆく。ここには、集団が機械的、組織的に行動するドイツ人への皮肉がある。かつてボスニアの通貨として独マルクが使われていた。

 現代欧州はメルケル政権のドイツによって動かされているが、ドイツ人が笛を吹いても欧州は踊れない、という批判が見受けられる。

 殺人事件の発生、ストライキで機能マヒに陥ったホテル、絶望する支配人という権力者。。。ここには90年代のボスニア内戦、その後の移民流入、右翼台頭、近年のロシアによるクリミア併合を防げなかったことなど、「欧州の分裂・失敗」への批判が込められている。それは、「ホテル・ヨーロッパ」の解体的危機に象徴されている。

 ボスニア人の監督ならではの視点がある。この映画に先立ち、パキスタンで起きた事件を基にした同監督作品「汚れたミルク  あるセールスマンの告発」が3月4日に新宿シネマカリイテで公開される。

【参考:伊高浩昭著『ボスニアからスペインへ-戦の傷跡をたどる』(2004年、論争社)】